機嫌の取りかた

自分の機嫌を取ることで世界を維持する。3歳と1歳の娘と夫と、東京の端で暮らす。

70歳を過ぎてからの孤独を飼いならすには

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夜になると、どうしようもない気持ちになるようになったのは、いつ頃からだろうーー

なんて適当なJ-Pop歌詞レベルの「どうしようもない気持ち」みんな持ってますよね。それが自分にしかないって思っちゃうのはさすがに思春期で終わり。ということは、思春期の頃にはもう「夜になると現れるどうしようもない気持ち」を獲得してるんですよね。まぁきっと、その思春期前は生きるのに精一杯で、あっという間に寝ちゃってたからなんだけど、思春期になると無駄に考える時間が増えちゃうからね。

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思春期の頃は「どうしようもない気持ち」を創作にぶつけてみたりしたわけですけど(量産される黒歴史)、大人になってくるとこの「自分を見失ってる感じ」を早めに楽にどうにかしたいなーと食や酒に行くんじゃないかなと。これがストロングゼロ文学ってやつ?

雑にまとめると疲れるんですよね。仕事とか。人間関係とか。単純に肉体的にとか。そうすると思考が真ん中に来てない感覚になる。軸が揺らぐというか、何を指針にして考えればいいのか、考えるってどういうことだったかすら分からなくなってくる。疲れたら寝ればいいんですよ。でも寝られないくらい思考の軸がブレちゃうことが、結構ある。

夫も、子どもたちが寝て、さしたる用事もなくなってからよく「自分を取り戻す」とボーっとスマホ見たり、DSでドラクエしたりするんですけど、私はそれってすごく大切なことだと認識しています。特に夫は明日までの短期間で通常のコンディションに戻して、仕事しなきゃいけないから。なので、「自分を取り戻す」モードに入ったら放っておきます。でもその前に一声かけるのが礼儀。そして私も同様のことを行います。一声かけて、ブログ書いたりアイシングクッキーを作ったりします。

リビングで私と夫、特に会話もせず。でも二人。時々思い出したかのようにぽつり、と言葉を交わすこともあるけど、基本は自分の世界に没頭している。だけど…やっぱりこれは二人だな。

夫がいなくなった後の「どうしようもない気持ちになった夜」を思うと、正直ゾッとします。以前「夜中に寂しくなって、誰かに話を聞いて欲しくて救急車を呼んだ70歳女性」の話を書きましたが、

fumisiobox.hatenablog.jp

私は本当にこの70歳女性の気持ちがわかりすぎて、やるせない気持ちになります。そしてずっと考えています。どうしたらいいのかな。

先日、どうしようもない気持ちがピークを迎えてしまって、夜子ども達が寝た後、夫に頼んで家を飛び出しました。パジャマにダウンコートを羽織って、自転車を走らせます。夜中ではないけど、もうほとんどの店は閉まっています。公園は寒すぎます。

行き着いたのはコンビニでした。こうこうと、灯りを放つコンビニ。店内には何人かの客と、何人かの店員。暖房は少し効きすぎなくらいで、ファッションとレシピと女の裸が並んだ雑誌コーナーを過ぎて、ハーゲンダッツと冷凍食品をガラス越しに眺め、たくさんの飲料ボトルを端から確認して、アイスとパンと弁当とスイーツで賑わう棚を両側に、そしてひとつ深呼吸をして、コンビニを後にしました。

大丈夫かもしれない。コンビニがあれば、大丈夫かもしれない。どうしようもない気持ちになった時、コンビニがあれば。

ブレブレな気持ちが容赦なく灯りに照らされて、無数の商品達が「それよりもボクを見なよ、手にとりなよ、買いなよ」と囁いてきます。欲がニギニギと渦巻く空間にいると、自分のひしゃげた気持ちなんてどうでもいいように思えてきて、不思議と落ち着きが戻ってきました。

70歳になった私のために、書き残しておこう。
どうしようもない気持ちになったら、コンビニへ行け。

自転車を飛ばして家に着いたら、夫がリビングでドラクエをしていました。「コンビニ行ったの? 何も買わなかったの?」リビングはぼんやりと明るく、暖かく。

コンビニへ行ってもどうにもならない夜があるかもしれない。その時は、どこに行けばいいんだろう。夫よ、死ぬのはそれを教えてからにしておくれ。

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