機嫌の取りかた

自分の機嫌を取ることで世界を維持する。8歳と5歳の娘と夫と、東京の端で暮らす。

好きな物になるか。ゴミで終わるか。

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「刺繍? はー、時間があるのねぇ」

「ふーん、暇だからね」

 

妹の誕生日と敬老の日が近かったので、祝うために実家へ行ったときのこと。

最近ドハマりしている刺繍をブローチに仕立てて、長女とおそろいで付けていったのを母と妹に見せたら、冒頭のような反応が返ってきた。

怒り、悲しみ、悔しさ、徹底的な溝…それらもきっとあったんだけど、いちばんは、やるせなさ。なんか、あーあ、って気持ち。

こういう気持ちがあるときにブログへ書いても面白くないのは重々承知だけど、今回は書いてみるかなーって。うまく書けないかもしれないけど。

 

何が引っかかってるんだろう。

暇だね、って言われたこと? がんばったものを見て、たいしたレスポンスがなかったこと?

実際、あなた方より時間はあるかもしれない。無職ですし。専業主婦ですって胸張れるほど家事育児がんばってるわけじゃないですし。

それに、こっちが楽しく作ってるのに水差されてむかっ腹も立ちましたけども。

 

なんだか、もったいないコミュニケーションの取り方だなって。

きっとね、友だちにはこう言わないんですよ。あら素敵、私も欲しいわ、とか言うんです。

でも、家族の私にはそうは言わない。即座に上下関係作っていじるというか…そういうコミュニケーションの取り方をするんですね、私の実家の人たちは。

特にひどいのは父で、きっとそれに慣れて母も妹もそうなって、きっと私も、そういうコミュニケーション、やっちゃってたんだと思う。

 

でも、結婚して数年、夫との家族関係ができて、その中では自然とそういうのは消えていた。

刺繍作ったよ、いいね、釣り行ってくるよ、いいね、って言い合う、その人の好きなものは大切にする習慣ができてたから、ひさびさに会った実家の人々のコミュニケーションの取り方にびっくりして、やるせなくなってしまった。もったいないって、思った。

 

冒頭のようなことを言われたから、私はきっとこの先、実家の人たちに刺繍は見せない。

でもそれって、実家の人たちが刺繍の世界や人の好きなものに触れる機会がなくなったってこと。それってすごく、もったいない。

私は夫や長女が好きな物を素直に知りたいし、尊重してあげたい。それに、私が知らない世界をちょっと垣間見たい。ひょっとしたらそれ、すごく好きにちゃってうかもしれないし。

まず受け止めたいし、受け止めて欲しい。互いに認め合いたい。そこから関係を作りたい。

 

実家の人たちを変えようとは今更思わなくて、そんなもんだよなって思いながら接することにして、私は私で、誰かの好きな物を大切にしよう。それだけでいい。

でもゲームはな…ゲームだけはよくわかんないんだよな。あ、あとYouTuber。