機嫌の取りかた

自分の機嫌を取ることで世界を維持する。7歳と4歳の娘と夫と、東京の端で暮らす。

「がんばってるよ」

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「あー、誰かに無責任に褒めて欲しい」

と衝動的にTwitterに書き込んで、いや、そうなのかな、と思った。

例えば誰に褒めて欲しいだろう。そう考えたとき、主治医の顔(好み)が思い浮かんだ。今はもう小学1年生になった長女が生まれたときに産後うつになってからの関係で、かれこれ7年か。いまだに通い続けているのは、次女が障害児で、けっこうしんどいからだったり、あとコロナで気が滅入ってたり。

何を褒めて欲しいだろう。私なりに、ご飯を用意している。サボる日も多々。長女の宿題やワークを見ている。言い合いになること多々。障害児との生活は常に神経を張り巡らせていなければならない。疲れる。小学校と保育園と習い事の送迎、病院、療育、役所、書類、不調、書類、希死念慮、ジム、行事、学校からのお手紙、DM、パルシステムの注文、次女のてんかん、くる球を打ち返す。時にこぼす。疲れる。でも、できてない。

どうやって褒めて欲しい? そこまで気持ちがこもってなくていい。もう、「やー、ほんと、がんばってるよ、充分だよ」。それでいい。私が何でしんどいかとか、何で力を発揮してるだとか、そういうこと、知らなくていいから、がんばってる。そう言って欲しい。手放しで、それでいいよって。充分だよって。そう言って頭を撫でてくれれば、私はきっと、抗不安剤睡眠薬を飲まずに朝まで寝られるだろう。

夫じゃダメなのか? ダメなんだ。夫は私よりがんばってるから。何百倍もがんばって、家族を養うプレッシャーと戦っているから、私よりずっとずっとえらい。ずっとずっと、褒められなきゃいけない。そして、私がどのくらいできていないか、知っている。私がダメな人間だと、知っている。だから、無責任に褒めて、なんて言えない。

でも褒められたい。きっと出会いがあれば、悪い人に不倫に使われる、のうたりんの馬鹿女だな、と薬のふわふわとした安心感の中で自嘲した。

さて。

そんなことにならないように、どうしたらいいのだろう。

ある日、いろいろあって、イクスピアリに立ち寄った。みんな大好きディズニー。入場制限中のディズニー。行きたくても行けないディズニー。そんな思いを抱えて、みんなディズニーショップに群がっていた。完全に密だった。そして一言足しておくと、私はディズニーがそんなに好きではない。長女が喜ぶかと立ち寄っただけだった。

ただ、そこで私は思った。みんな、こうやって自分を褒めているんだ。好きなものを手にとったり、かわいい服を着たり、話題のデザートを食べたり。そうすることで、自分にご褒美(笑)をあげてるんだ。

ここで(笑)をつけるのが、私の鬱陶しいところだ。(笑)を取って、自分のためのご褒美を自分で用意しなきゃいけないんだ。

待っててもだれも褒めてくれやしない。自分を褒めるのは、自分だ。

アニメやバンドのオタクを卒業した過去があるので、何かにハマるといつか醒めて悲しい想いをするから、そう言ったものはもたないようにしていた。でも、自己肯定感の下がり切った私には、今、それが必要なんだ。

 

ご褒美すらも思い浮かばないくらい、心はすり減ってしまった。好きなものを見つける、「好き」の気持ちを取り戻す。それだけ。それだけのことが難しい。

月に1回訪れる、診察室。主治医の「がんばってるよ」じゃなくて、私が、私を、「がんばってるよ」と認めてあげられる、一歩を踏み出さなきゃ行けない。