機嫌の取りかた

自分の機嫌を取ることで世界を維持する。3歳と1歳の娘と夫と、東京の端で暮らす。

子どもの「いざ」を見極める

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子どもを産んで3年、常々「子どもの病気を正しく見極められるのか」心配でした。
ただの熱だと思ったら大変な病気で重篤な後遺症が残った」「昨日あんなに元気だったのに朝にはもう…」と煽ってくる事例ばかり。
これはどういう状態なのか。大変な兆候を見逃していないか。逆に騒ぎすぎ心配し過ぎで医療の現場を疲弊させる困った親でないか。
が、わかった。「ヤバいときはわかる」。
次女5ヶ月が熱性けいれんで運ばれた病室で、私は今この記事を書いています。

「いつも子どもと接している保護者」の右往左往

長女が生まれてすぐの頃は、鼻水が出ただけで小児科に行きました。すごく鼻水が出るので、すごくよく通いました。
実は何かの大病の兆候ではないか。このまま放置してもっと大変な状態になったら。
基準を持たない私は右往左往。
ある嵐の木曜日、朝から長女の鼻水が止まりません。苦しそう。かかりつけが休みなのであいている小児科を調べて、風雨にさらされながら藁をもすがる思いでたどり着いたところで言われたのは、「ただの風邪」でした。
強面の年配小児科医は「お母さん、母子手帳を出して」と開いて、「いつも子どもと接している保護者が、子どもの様子が『ふだんと何かが違う』『どこかおかしい』と感じたとき」のところにアンダーラインを引きました。
要は心配しすぎ、です。
 
「いつも子どもと接している保護者が、子どもの様子が『ふだんと何かが違う』『どこかおかしい』と感じたとき」
と、言われたって「もし○○だったらどうしよう」「大病を見逃してたらどうしよう」の思いで、その後も鼻水や咳が続けば小児科へせっせと通いました。
そのおかげか、もらうシロップが甘いせいか、長女は医者と薬に絶大なる信頼を寄せる3歳児に。
医者に行くといえばるんるんでベビーカーに乗るし、ご飯を食べ終われば「ねぇ、お薬は?」。
 
次女が生まれ、さすがに多少の鼻水で受診することはなくなりました。うっかり受診しなさすぎて、生後2ヶ月初めての予防接種で「お母さん、これは処置したほうがいい」と臍ヘルニア(いわゆるデベソ)を指摘されたくらい。
ちなみに産院実施の1ヶ月検診でも助産師訪問でも指摘されなかったのでそんなものかな~と思っていた。その2ヶ月予防接種が初めてのかかりつけ医だった)

まるごと、いのち。「お母さん」の責任

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が、次女が5ヶ月に入った頃、とたんに暑くなりだしクーラーをつけたことで家族全員風邪に。
呼吸器の弱い夫が重症、長女と私は咳、次女は初めての発熱。
次女はバーっと夜中に熱が出たので、小児救急を探しました。
電話に出た小児科医は「状況を聞く限り、吐き続けるとかぐったりするとかいった状態でなければ昼間まで待っていいと思う。心配ならきてもいいけれど…」という返答。
そうなんだと思う、おそらくただの風邪ってやつだ。初めての発熱が夜になっただけだ。
だけど頭を巡るのは「ただの熱だと思ったらウィルス性の大変な病気で重篤な後遺症が残った」「昨日あんなに元気だったのに朝にはもう…」という、テレビや新聞で見た記事。
「どういう状態になったら夜中でも受診したほうがいいのか」と聞いたら、医師は困ったような口調でもう一度「吐き続けるとかぐったりするとか…」と繰り返しました。
結局次女は熱のまま朝を迎え、開院と同時に受診したかかりつけ医に「風邪だね」と診断されたのです。
 
ただの熱だと思ったら大変な病気で重篤な後遺症が残った」「昨日あんなに元気だったのに朝にはもう…」
あのテレビや新聞は、そのエピソードを紹介する時に「こういう時は大丈夫。でもこういう時は医師にすぐ相談を」と添えていただろうか。
いたような気もする。
が、「ただの熱だと…」「昨日あんなに…」という「未来の自分」のイメージの方が強すぎて、そんなの忘れてしまうのです。
白衣を着た医者が、「医者も見逃す場合があります」とスタジオでコメントしていた画も浮かびます(実際にそんな場面があったかはもはや謎だ)。
何が危険で、何が大丈夫なのか、ちゃんと見極められるのか。
子ども達の命を守れるのか。
「お母さん」の私は途方に暮れ、その責任に押しつぶされそうでした。

お母さん、思う。「あ、これはまずいやつだ」

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その日も夕方頃から次女がゴホゴホと咳をしだしました。
初めての風邪が治ったと思ったらまたぶり返したのか。熱を測ったら36.9度。子どもとしては平熱の範囲かな。でもこれから上がってくる気配。
が、その予想は外れ、翌日次女はゴホゴホしながらも機嫌よく過ごしていました。
異変を感じたのは早朝4時半。「うっ、あっ、うっ」と小さな息切れのような声が聞こえる。授乳の時間か。ミルクを用意してベビーベッドの次女を見ると、直感的にわかったのです。「あ、これはまずいやつだ」。
汗をびっしょりかいた次女はうつろな目で小さく息を漏らし、その腕は弓を弾くような格好でけいれんしていました。抱き起こすと普段の倍以上の鼓動。
すぐに夫を起こし、状態の異常を確認して、すぐ近くにある医師会の休日診療に電話。熱は38.9度。
「5ヶ月児です。おそらく熱性けいれんです」
がしかし今日は小児科医不在という。
ので#119にかける。近隣の小児救急を紹介してもらい、医師に状況を説明すると、「今すぐに救急車を」とのこと。
熱性けいれんというと、私はてんかんの発作のようなものをイメージしていた。短時間でガガガッと硬直して落ち着いてを繰り返すような。
が、次女は小さな硬直が何十分に渡って続いていました。でもおそらくこれは熱性けいれん。しかもたぶん、このままじゃ治らない、まずいやつだ。
その判断は正しかった。
運ばれた救急病院で(事前に電話していたので搬送が早かった)けいれんを止める点滴をされた次女は、落ち着きを取り戻しつつありました。「来て良かったです」医師は言った。
まだ熱はあって目線も合わないが、けいれんが落ち着いたところでCTやらレントゲンやら血液検査やらができて、「風邪のけいれんが長引いた」結果が出ました。(正しくは現在も経過監査中)
けいれんをおさえて水分と睡眠を取れる点滴をしながら、次女は寝ています。
後遺症。後遺症についてはまだ聞けていないけれど、次女の経過と状態をよく知ってくれている医師が近くにいるので、また明日、じっくりと聞くことにして、下手にGoogleには聞かない。

まとめに代えて、お母さんにエール

「子どもの病気を正しく見極められるのか」
結果的にいうと、私はできた。
わかった。「まずいぞ」とわかった。
あの心配しすぎて小児科通いをしていた私、そして「できるんだろうか」と心配しているお母さんたち。
わかる、きっとわかる。まずい時わかる。
なぜなら私、そしてお母さん達の中には膨大な「我が子データ」があるからです。生まれた時から、生まれる前からガンガン貯まってる。その精度、たぶんすごい。
貯めるなら「ただの熱だと…」「昨日あんなに…」という「未来の自分」のイメージではなくて、いつもの我が子だ。
見る。話す。触れる。遊ぶ。喧嘩する。食事する。笑う。抱っこする。一緒にいる。
「できるかな…」と不安になって心配するんだったら、その間に「ふつう」をトコトン貯めて、貯める。
絶対にそれが効いてきて、きっと自分の子を救ってくれます。
「いつも子どもと接している保護者が、子どもの様子が『ふだんと何かが違う』『どこかおかしい』と感じたとき」に。
大丈夫。
追記
この記事は約1ヶ月半ほど前に書いたもので、今はちょっといろいろあって違う病名の薬を飲んでいるけれど、元気に7ヶ月目を迎えました。

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