機嫌の取りかた

3歳と1歳の娘と夫と、東京の端で暮らす。自分の機嫌を取ることで世界を維持する。

子どもはすべて、持っている

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連休中長女が一人でじじばばと田舎に行きまして。わーい、うるせーのがいねーぞ! と喜び勇んでなぜか家事をやり尽くして、風邪気味だったから旅行は休みの次女と百均をうろうろしていたらおもちゃコーナーで「あ、長女一人旅でがんばったからおもちゃでも買っといてあげようかなー」と手を伸ばしたところで気づきました。あ、違う。これじゃないんだよね。

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キラキラもイライラも、隣の芝生

50過ぎのいわゆる企業戦士24時間戦えますか世代のおじさんに聞いた話です。
おじさんは貧しい少年時代だったので、大人になってからはいっぱい仕事をして、いっぱいお金を稼いで、子どもに不自由な暮らしをさせないことがなによりだ、それは友だちが持っていないような最新のおもちゃを与えることだと、そのためになりふり構わず働いていたそうです。息子はあらゆる据え置きゲーム機と多量のソフトを所持していたので、それで友だちと遊び、立派なゲーマーへと成長しました。

が、東日本大震災を経験したおじさんは、自分が今まで大切だと思っていたことが、全く意味のないことだと気づきました。働いてなにかを買い与えるより、子どもや家族が小さい時、人生に迷っている時、心細い時に近くにいて、ともに悩み励まし喜ぶことの方が、よっぽど価値のあることだと、今さら思い至ってしまったのです。その時息子は大学生。カードゲームに興じる立派なオタクでした。

そこからおじさんは早めに仕事を切り上げ家に帰り家族の時間を持ち、休日には一緒に散歩に出かけ、すっぽり抜けていた親子の時を取り戻す…ことはできないので、新たに築くことにしたそうです。その後息子は秋葉原にある会社に就職し、「ごめん、今月ちょっとキツイから家賃待ってくれる?」と言った舌の根も乾かないうちにNintedo Switchを買ってくる、結婚どころか彼女の影もない人生を歩んでいるそうな。

私がその話を聞いた時「なんでそんな当たり前のこと気づかないんだろう…」とちょっと呆れた覚えがあります。大人になったとはいえ結婚もする前。思考はまだ子ども寄り。私も、欲しいものは買ってもらえたけど休日寝てばっかりの父が不満で、お金より大切なものがあるのに! なんて思っていました。

でも子育てをしてみると、ほんと容易にそういう考えになっちゃってたわ! なってることにすら気づかなかったわ!
忙しいんですよ、大人。子どもがいることで発生する家事や仕事はやってもやってもある。あれもこれもやらなきゃ、何しろ家事仕事をしないと子どもたちを育てられないわ! これをやることこそ子育てなのよ! ってなっちゃう。

子どもを育てているとだんだん、子どもができないことを補ってあげることが子育てだという感覚になってくるんですね。特に子どもはお金が稼げないから、子どもが欲しい(と思われる)ものを買って与えることが使命のように思えてきてしまう。子どもにないものを与えなければ、そして与えていればいいと思いがちだけど、子どもは自分にとって必要なものは実はもうすべて持っているのかもしれないなぁ、なんて思います。私たちができるのは、目線を合わせてその世界に付き合うことぐらい。もちろんできないことはたくさんあるので、ご飯を用意したりお金を稼いだりはするんだけど、それはちょっと置いといて、目線を合わせて子どもの世界で一緒に過ごすことが、少なくとも私が子どものころ大人にして欲しかったことだな、と。

夫はそこがすごくうまい。すんげぇ働いてて疲れてて「俺平日頑張ってるから休みの日くらい一日中ごろごろしてていいじゃ〜ん」って実行しても文句言えないくらいの生活なんだけど、それでも短時間で体力回復して、自分のできる限りの時間を子どもに注いでる。たまーに百均でおもちゃ買ったりするけど「買っておけば遊ぶだろ」じゃなくて「一緒に遊ぶために買う」んだよね。公園では子どもを追いかけまわして、滑り台して、砂山を作って(個人的に砂鉄を集めて)、よくわからない長女ルールのかくれんぼを、子どもの目線で全力でする。だから子どもたちは夫が大好き。会える時間は少ないのに、私は完全に夫に負けてる。

でも今回フと気づいたから、そうか、それでいいのだなと。サイバラの漫画で有名なシーンがありますが、まさしくこれですね。これでいいんだ。長女が帰ってきたらまずは、抱っこだ。

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